家族の日

監督の「キャストこぼれ話」

伊原 剛志

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田中 美里

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平田 満

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川中 美幸

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大竹 まこと

川上 麻衣子/

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茂山 慶和

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中瀬 優乃

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茂山 虎真

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岸部 一徳

大森 青児監督 × 伊原 剛志さん

伊原さんと初めて会ったのは30年前、NHKの食堂だったと思います。丁度私が山口智子さんの相手役を探していて、22歳になる彼はマネージャーに連れられて来ていました。
普通、ディレクターの面接を受ける時は緊張で食事をしようなんて気にはならないのですが、彼の前にはラーメンと炒飯が並んでいました。関西出身らしく炭水化物のゴールデンコンビです。
一応「どうぞ、どうぞ、食事を続けて下さい」とは言いましたが、まさか本当に食事を続けるとは思いませんでした。しかも話に夢中になるとラーメンの蓮華を振り回します。
「失礼な奴だな!」と、ムッとしましたが、同時に「このふてぶてしさは大物なのかもしれない」
と思わせる雰囲気がプンプンしていたので、合格!
その時の私は38歳、ドラマの飯を食べ始めて10年以上が経っており“これはいける!”という直感には妙な自信を持っていました。が、その自信はロケ出発前の「本読み」で崩れそうになりました。
彼のセリフは全くの棒読みだったのです…!共演の田中邦衛さんと馬淵晴子さんが顔を見合わせ「大丈夫なの?」という表情で私を見てきます。マネージャーは下を向いたままで目線を合わそうとしません。彼独り!リハーサル室の雰囲気には頓着していない様子です。
大物と言えば大物だけど…
「これは失敗したかな!?」と、内心では動揺しつつも何食わぬ顔でロケインしました。
しかし、本番になると彼は、素朴な青年役を見事にやり遂げました!勿論、上手い!と言えるレベルではありませんでしたが…
その時の彼のセリフが憎かったですね。
「安心してください、本番では強いですから」
でも、お陰様で私の「直感で不敗神話」は継続したわけです。

2016/04/01

大森 青児監督 × 平田 満さん

平田満(ひらた みつる)さんですが、私たちは親しみを込めて“まんちゃん”と呼んでいます。円満の「まん」であり、満点の「まん」でもあります。性格が仲秋の満月のように円満で、怒ったところを見たことが有りません。内心では、ムカッとしている時もあるのでしょうが、一切表には出しません。
そして、私たちが遠慮なく出す、無理な(時には理不尽な)要求にも確実に満点の答えを出してくれます。演出にとっては誠に有り難い、神様のような役者さんです。と、いう訳で(私の中で)彼は多くのタイトルを持っています。
うまさNo.1は勿論、溶け込みNo.1、方言No.1、役の幅No.1と4冠王に輝いています。彼と共演した人は一様にこう言います「平田さんとは本当にやりやすい!」彼は決して自らが目立とうとはしません、役者の皆さんプロですから演技がうまいのは当たり前なのですが、相手をまず受け止め、相手を立て、結果自らも目立つ!これはもう、うまい下手を通り越して一種の“職人技”ですね。ですからうまさNo.1です。
溶け込みNo.1と言うのは、どんな役を演じても見事にその人になってしまい、“演じている”感を見せないと言う事です。ロケ現場でもその場にうまく溶け込んでいて、忍者のように透明人間のように目立たないのです。でも、後で画面を見てみると、ちゃんと存在を主張しているのです。それはもう、かつての高倉 健さん並みに、ヨゥまんちゃん!待ってました!と掛け声を掛けたくなるほどです。
方言No.1ですが、これまで私がまんちゃんにお願いした方言は「大阪弁」「京都弁」「土佐弁」、今回の「岡山弁」ですが、豊橋出身ですから「名古屋弁」は母国語同然でしょう、兎に角現地の人かと思うほど上手いのです。世の中には、バイリンガルとかトリリンガルとか凄い人がいますが、彼の場合は、方言の玉手箱や!
映像では「蒲田行進曲」で演じた、村田安治の地味&派手な人物像が圧倒的に印象に残っています。NHKのドラマ人間模様「婚約」では、都会風でお洒落な人たちの中で、ダサイ男を演じてもらいました。
その後も、色々な役をお願いしてきましたが、全て見事に演じきっていました。ここまで見事だと、感心するよりむしろ腹が立ってきて、今では一度ぐらい「えっ!この役は…」と、やった事のない難しい役で、絶句させてみたいと思うようになっています。ですから役の幅No.1です。こんな神様&仏様のような役者さんですから、是非とも長い付き合いをお願いしたい!と思います。そして、いつか“絶句”させてやる!

2016/07/04

大森 青児監督 × 川中 美幸さん

川中美幸さんの転機には、何故か私との仕事が大きく関わっているような気がしてなりません。勿論、偶然の巡り合わせに違いないのでしょうが…
18年前です、私は北大路欣也さん主役の「噂の伝次郎」4回シリーズの、重要な役のキャスティングで行き詰っていました。
その役というのは、北大路さんをつけまわす“とにかく明るいストーカー”役です。
ストーカーと言えば、どうしても暗いイメージですから、“明るいストーカー”なんて果たして成立するのかどうかも疑わしい難役です。
キャスティングが難航するのは計算の上だったのですが、流石にクランクインが近づいてくると、焦ってきました。これはもう、既成の役者さんの範囲内で探していてもダメだ!と言う事になり、“ざいかい”にまで範囲を広げました。財界ではありません漫才界です。
兎に角、漫才界から歌の世界まで柵を取っ払って考え直すことにしました。
そして思い出しました!私がNHKの「歌番組」のリハーサルを見に行った時の事です、かくし芸的なコーナーで、川中さんと確か神野美歌さんだと思うのですが、お二人で漫才に挑戦していたのです。それが、面白いのなんのって…プロ顔負けで、思いっきり笑わせて頂きました。これはいける!(私の得意の直感です)で、決めました。
そして、川中さんも見事に難役を演じ切ってくれました!
ドラマの上では、この“とにかく明るいストーカー”が北大路さんと結婚を果たします。二人の幸せそうな笑顔のバックには♪二人は二輪草♪の歌が聞こえてきそうです。
でもこの時、かの名曲はまだ世に出ていません。川中さんは紅白を落選し、歌の世界では不遇の時でした。「二輪草」が発売されたのは次の年なのです、そして大ヒット、紅白へ復帰をし、以後14年連続出場を果たすのです。私の仕事が関わった一つ目の転機です。
私は川中さんの場合、歌手が芝居をしているのではない、プロの役者なんだと考えています。その結果が、舞台「天空の夢~長崎お慶物語~」の第66回芸術祭大賞の受賞です!
この舞台は2011年3月に「明治座」で幕開けをしました。ところが11日に東日本大震災が発生、世を上げて自粛ムードに入り、舞台は大入りが続いたにもかかわらず中止となりました。「あ~あ」と、関係者全員事情は納得できても、落胆せざるを得ませんでした。
ところがです、震災の自粛ムードが落ち着いた頃、お客さまからの要望も多く寄せられて再度公演しようと言う事になり、11月の「明治座公演」が決まりました。
11月!考えてもいなかった「芸術祭」へ参加できることになり、結果として、大賞受賞につながり、川中さんは舞台役者としても確固たる地位を確保したわけです。
私の仕事が関わった転機の第2弾です。
私と関わった最新の仕事は「家族の日」です、川中さんは今年芸能生活40周年を迎えます。
果たして第3の転機となりますか!?ご期待ください。

2016/08/22

大森 青児監督 × 川上 麻衣子さん

彼女のオフィシャルウェブにはこのようにあります。
「9歳から10歳までの1年間をスウェーデンの学校で過ごしました。よく帰国子女と言う表現を使われますが、実際に生活したのは、たったの1年間だけなのです。」
私も彼女から聞くまでは、子供時代はず~っとスウェーデンで暮らしていたのだと思っていました。
と言うのも彼女は逢うたびに親しくハグしてくるのです。そこが往来であれ、ホテルロビーであれ、お構いなしです。
こちらの“ドギマギ感”を楽しんでいる風情もあり、1度「その『ハグ癖』何とかならない?若い人なら直ぐに誤解してしまうよ!」と言ったことが有ります。
彼女のリアクションが「???」だったのか「テヘへ…」だったのか忘れてしまいましたが、未だにハグは続いています。そして古典的日本人の私も慣れました。
スウェーデン並みにとは言いませんが、途中のトルコ並みぐらいには自然にできるようになりました。彼女に感謝です!
70歳以上の方なら絶対知っている、東映映画の有名な決めセリフがあります。
「或る時は片目の運転手、或る時は中国の大富豪、また、或る時は背虫の男 しかして、その実態は正義と真実の人、藤村大造だ!!」
この決めセリフ風に彼女を紹介するならば「或る時はエッセイスト、或る時はガラスデザイナー、また、或る時はスウェーデン絵本の翻訳者、しかして、その実態は映画とドラマ・舞台の人、川上麻衣子だ!!」
彼女の中で「女優」と「ガラスデザイナー」そして「著述家」がいい位置関係で鼎立しているのです。
年を経れば魅力が減退するのが人の常なのですが、彼女の場合は逆に年を経るほど魅力が増しているような気がします。私は「日本のお母さん」が演じられる人だと睨んでいます。
初めて会ったのは、若き新撰組隊士群像を描いた「壬生の恋歌」と言うドラマでした。彼女が17歳、私が34歳。その時に言った言葉も覚えています「丁度2倍の年齢か!17歳差は永遠に変わらないけど、永遠に倍違う訳ではないからね」私の下手な冗談に対する彼女のリアクションが「???」だったのか「えへへ」だったのか忘れてしまいましたが、現在かなり年齢差を縮められた感じがしています。
彼女の進歩が速いのか私の進歩が遅いのか、10歳差ぐらいに縮んでいるのではないでしょうか。頑張れ自分!
彼女の役は長屋の娘、新撰組隊士と恋仲になった事で、芹沢鴨に斬殺されてしまうのです。
可憐で可哀想だったな、彼女!憎らしかったな、芹沢!演出が役を依怙贔屓してはいけないのですが、そう思わせるほど彼女が魅力的だったのです。
私がスウェーデン人だったら間違いなく熱烈なハグをしていましたね!
「(アマチュア無線の)ハム友達」と言うのがあって、とてもコアで特殊な関係を保っているのだとか。
我々は「ハグ友達」一字違いでも、同じようにコアな関係を保っていきたいものです。

2017/01/01

大森 青児監督 × 岸部 一徳さん

岸部一徳さん、彼がGS(ガソリンスタンドではなくグループサウンドです)全盛時代にザ・タイガース(阪神タイガースではありません)のリーダーで、サリー(「のっぽのサリー」から)と呼ばれていたことを知る人は少数派になってきました。 現在は、どこから見ても演劇一筋にやってきた、超一流の演技派としか見えません。 要するに多才な人です。その事務所の名はアン・ヌフ(フランス語で、1と9→ いちときゅう→ いちとく→ 一徳)お茶目でしょう!?
フワーッとしていて、何を考えているか解らなくて、良い人のようで、油断していると足元をすくわれそうで、その “はんなり感” は 「京都人」そのものです。 何度かNHKのドラマでご一緒して
いるのは確かなのですが、そもそもの始まりは何だったのか、ハッキリしません。いつの間にか、気が付いたら横に座って親しく話をしていた!そんな感じです。お付き合いが始まって40年には
なる筈ですから、夫婦で言えば「ルビー婚」です。でも、倦怠期は来ないし飽きません!
一徳さんは謂わば“一級の骨董品”の味わいなのです。「家族の日」では“ターザン”と呼ばれる、
住所不定・正体不明の怪しい人を見事に、圧倒的なリアル感で演じて頂きました。とても印象に
残る役なのですが、私はさらに印象的な(彼が演じた)役を知っています。それは、ドラマ新銀河「京都発・ぼくの旅立ち」(1996年)でのお父さん役です。
このドラマはスポーツライターの
玉木正之さんの青春時代を描いたものだったのですが、 父と子の確執があって、壮絶な親子喧嘩のシーンがあったのです。良い悪いは別にして芝居を通り越したその迫力に、止め役の人も入れなかった程でした。放っておくと、どこまでもエスカレートしそうだったので、結果を見たい気持ちもありましたが、泣く泣く途中でストップをかけたのを覚えています。残念ながらこのシーンはNGになりました。でも、私は常に穏やかな一徳さんの“狂”の部分を見ることができて満足でした。
父子喧嘩があれば和解もあります。酔っぱらってしまった父(一徳さん)を息子が背負って帰る
というシーンです。私は一徳さんにお願いしました「酔っぱらってる感じで、鼻歌いきますか?」「いいですよ、何にします?」「♪踊りに行こうよ…シーサイド・バンド♪という歌なんかいかがです?」「ん?」私もこの歌がザ・タイガースのヒットソングであることはよく知っていましたが ダメ元です!でも彼はスンナリと歌ってくれました。父が「♪踊りに行こうよ…」そして息子が「go! go! 」このシーンが感動的になったことはいうまでもありません。
「一徳さん、あんたはエラい!そしてオモロい!」

2016/04/26