1902(明治35)年3月18日～1970(昭和45)年8月30日
北海道・岩見沢で劇場を経営する伯父のもとで育った月形龍之介(本名・門田潔人)は、早くから芝居や活動写真に触れたこともあり物心がついたころには時代劇役者を夢見ていました。
夢見た通り、半世紀もの期間を時代劇スターとして活躍。坂東妻三郎、大河内伝次郎などとともに「七剣聖」と呼ばれ、不動の地位を築いた。戦後の当たり役は水戸光圀14本のシリーズ。出演した映画は497本。
生い立ち
明治35年、宮城県（現在の美里町）に門田家の次男として生まれる。東北地方は明治39年の大飢饉で子どもを手放す家庭が続出。次男の潔人は4歳で北海道の岩見沢町に住む叔父・門田養吉のもとに養子に出される。
幼い潔人を迎えたのは、剣道三段、体中刀傷だらけの強面の伯父。伯父は、16歳で故郷を飛び出し、その筋では全道で指折りの勢力を握っている人物だった。興行などを幅広く手掛け、岩見沢で唯一の劇場「橘座」を経営。若い衆を多く抱かえる親分肌の男だった。
坊ちゃんから奉公人へ
伯父は潔人を愛情で包み、勉強、剣道の修行、特に礼儀作法は厳しく躾けた。小学校に上がらぬうちから正座させられ、太閤記の芝居の台詞などを読まされた潔人は「橘座」で行われる芝居や映画にあっという間に夢中になり、役者へのあこがれを募らせていった。
ところが、大正2年・潔人が11歳の時、火の不始末が原因で橘座が全焼。伯父は、再起を目指して単身上京することになる。潔人は岩見沢に引っ越してきたばかりの実の両親のもとへ戻ることになるが、どうしても伯父の下で暮らしたいと強くせがんだ。伯父は、三国志や水滸伝など英雄伝が綴られた「18史略」を手渡し「次に会うまでにこの本を全部読んで、英雄たちの志を学んでおきなさい」といいつける。
その言付を守った潔人は伯父に会いに行こうと心に決めます。
翌12歳の潔人は家計を助けるために岩見沢尋常小学校を中退し、酒屋へ奉公に出ました。坊ちゃんの暮らしから一転、奉公人の生活が始まった。
世間知らずの少年が、掃除から帳簿の付け方、仕入れ、果ては目上の人に対する礼儀まで、みっちりと仕込まれた。
13歳の時、実の父親が亡くなる。そして翌年、ついに潔人は東京への旅立ちを決意し、伯父に手紙で上京して中学に入りたいという希望を書き連ねた。「いつでも来なさい」伯父の返事に胸を弾ませた大正5年。潔人、14歳の冬だった。
東京での生活から駆け落ち
潔人は剣道に励み、剣道三段の伯父をも凌ぐ程となります。「チャンバラ時代劇の役者も夢じゃないぞ」そう言われると、幼いころに抱いた役者の夢をいつそう膨らませた。
大正8年、17歳の時。タングステン工場で働いていた時に知り合ったサトという旧家の女性と恋に落ち、サトの両親の反対を押し切って駆け落ちをする。行先は時代劇の本場・京都。
日本の映画界は日活が発足。これから大きくなろうとしていた時期だった。
潔人は日活俳優養成所の一期生として入所。妻サトは潔人の合宿所で奉公することとなる。こうして二人は夢に向かって歩き始めた。大正9年、18歳の春だった。
しかし、養成所は翌年解散。潔人は旅回り一座に加わり、わずかばかりの給金で家族を養う外なかった。
20歳の時、マキノ映画製作所に入社。
牧野社長から「あの男はいい目をしている。よほど訓練したのだろう。チャンバラの手つきも本格的だ」と期待を寄せられる。
月形龍之介、ついに誕生
大正13年、22歳にして、坂東妻三郎「討たるる者」の準主役に抜擢される。この時、芸名を月形龍之介と改名。潔人はついに念願だった映画スターへの道を歩み始めた。
剣道三段という実力が迫真の重い剣さばきを生み出し、伯父譲りの鋭い眼光が、演技に凄みを持たせた。それまで35円だった月給も20倍の700円。
翌年、6年振りに東京の伯父に会いに行く。ところが、叔父は重い病で床に伏せ既に手の施しようのない状態だった。やせ細った伯父を抱きかかえ涙にくれた潔人だったが、時すでに遅く、伯父・門田養吉は間もなく息を引き取った。
昭和4年、27歳で主役の沖田総司を演じる。
無声映画からトーキーとなり、丹下作善・吉良上野介・月形半平太・近藤勇・坂本龍馬の役などを演じ続け、その名を高めていく。
昭和15年に制作された「宮本武蔵」では佐々木小次郎を熱演。40歳の龍之介は時代劇俳優として確固たる地位を築いた。
昭和26年「鞍馬天狗」の決闘シーンでは、嵐寛寿郎との二人芝居を一発で撮り終えたとの逸話が残されている。
昭和30年、札幌東映劇場のこけら落とし公演に幹部スターとして挨拶に立った53歳の潔人。客席で涙ぐむ母の顔を見つける。
その2年後、昭和32年。
デビュー38年を記念して龍之介のために東映オールスター映画「水戸黄門」が製作された。「月形のおやっさんのために、いい映画を作ってあげたい」と主役級の花形スターたちが配役を競って脇を固め、それまで敵役、悪役の多かった龍之介に新たなファン層が誕生した。
1970年（昭和45年）8月30日、脳出血のため京都市東山区の病院で死去。68歳だった。